2016年11月5日土曜日

脳卒中患者の姿勢コントロール(予測的な姿勢コントロール)

先日、近隣の大学で講義を行った。テーマは「脳卒中のリハビリテーション」で、主に評価・分析に必要な知識、それも姿勢コントロールについて話をさせて頂いた。学生に講義を行うことは初めてのことであったので、かなり緊張した(講義前の昼食は全く喉を通らなかった・・・)が、大変良い経験となった。

 今回は講義した内容の一部を紹介したいと思う。

●姿勢筋緊張と随意収縮●
 我々の姿勢や運動を制御する神経路は、内側運動制御系と外側運動制御系に二分される。(内側運動制御系は腹内側系、外側運動制御系は背外側系と呼ばれることもある。)これは、Kuypersが提唱した概念で、脊髄の内側を走行する経路と外側を走行する経路とで区別を行ったものである。これは、神経路の走行を区別しただけでなく、機能性の違いも区別されている。内側運動制御系は、脳と同側を下降し、両側の支配を行う。そして、主に体幹筋や近位筋を支配している。外側運動制御系は、脳と反対側を下降し、反対側の支配を行う。そして、四肢の遠位部を支配していると考えられている。そのため、内側運動制御系は主に姿勢筋緊張のコントロールを、外側運動制御系は主に随意収縮のコントロールを行っていると考えられる


 それでは、脳卒中片麻痺患者は主にどちらが障害されるだろうか?外側運動制御系は、脳と反対側を下降し反対側を支配するので、例えば、右の脳卒中になった場合、左の随意収縮の障害(これが一般的に片麻痺といわれるもの)を呈する。しかし、内側運動制御系は、脳と同側を下降し両側を支配するので、一部は障害されるかもしれないが、必ず残存する経路は存在する。つまり、片麻痺という随意収縮の障害を呈しても姿勢筋緊張のコントロールは可能というわけである。そのため、重度の片麻痺を呈しても、立つことや歩くことが可能となると考えられる。治療において、随意収縮の改善も重要な要素の1つであるとは思うが、我々理学療法士が、特に注目しなければならないものは、姿勢コントロールの改善であると思われる。


●皮質網様体脊髄路●
 内側運動制御系には、さまざまな神経路があるが、今回は皮質網様体脊髄路についての説明を中心に行いたいと思う。一般的に神経路の名称は、通過する組織の順番を示している。皮質網様体脊髄路であれば、皮質から網様体と脊髄を通過し、筋に作用する経路という事になる。また、経路に“皮質”がつく場合、皮質は物事を企画し、命令を出すところであるため、運動や姿勢のコントロールを自ら企画し、実行する神経路ということになる。そのため、皮質網様体脊髄路となると自ら企画し姿勢コントロールを行う経路、つまり、予測的な姿勢コントロールを行うための経路という事になる。ちなみに、皮質網様体脊髄路は、皮質網様体路と網様体脊髄路から成り、皮質網様体路は、網様体脊髄路に皮質で企画した内容を伝えるための経路である。

●皮質網様体路●
 皮質網様体路は、下記図に示すように走行する。以前は、ヒトの神経路がどのように走行しているか知り得ることが難しかったが、画像技術の進歩により簡単に知り得ることが可能となった。下記図は、拡散テンソル画像を利用したもので、この画像技術を使って、ヒトにおいて皮質網様体路が損傷されると、どのような症状が出るのか研究が進むようになった。その文献をいくつか紹介したいと思う。


 まずは、両側の皮質網様体路が損傷された場合、どのような症状が出るか調べたものについて。両側の皮質網様体路が損傷されると、末梢部の動きは比較的保たれているが、四肢の近位筋の筋力低下と歩行障害を呈したことが報告されている。


 また、同様の実験を二足歩行ができるサルで行ったものもある。この研究において、両側の補足運動野(内側運動制御系の起始部)の活動を不活性化すると、歩行障害だけでなく、立位姿勢の維持が困難となったと報告されている。この研究では、一側の補足運動野や一側の一次運動野の活動を不活性化する実験も行われている。結果、一側の一次運動野の不活性化では、つま先を引きずるような跛行を認める程度で姿勢保持や歩行は可能であったことや、一側の補足運動野の不活性化では、姿勢維持障害や歩行障害を認めなかったとされている(森大志・他:さる二足歩行モデルを用いた姿勢・歩行運動の制御にかかわる脳機能解明の試み.神経内科.2007)。サルの研究からも分かるように、姿勢コントロールは両側の脳からコントロールされており、両側の神経路の機能不全によって症状が大きく表れると考えられる
 ヒトにおいても、片側の皮質網様体路が損傷した場合の研究が行われている。この研究は、慢性期の脳卒中片麻痺患者を対象としたもので、対象患者は、皮質網様体路も外側皮質脊髄路も完全に損傷しているものであった。これらの対象者を歩行可能な群と歩行困難な群とに分け比較検討した結果、歩行可能な群は、損傷されていない側の皮質網様体路の神経線維量が有意に増加していることが分かった。つまり、歩行が可能となるかどうかは、損傷側の神経路がどの程度残存しているかや回復するかではなく、残存している神経路が損傷している神経路の活動を補うことができるか否かで決まるという事であると思う。脳卒中片麻痺患者の治療において、皮質網様体路がコントロールしている姿勢コントロール、それも、予測的な姿勢コントロールを改善することは重要な要素であると思われる。


●予測的な姿勢コントロール●
 予測的な姿勢コントロールは大きく分けて2通りある。それは、先行性の姿勢コントロールと随伴性の姿勢コントロールである。先行性の姿勢コントロールは、立位姿勢で手や足を前に上げることを想像してもらいたい。手や足を前に上げると、手や足の重さ分、重心は前方に偏位してしまう。これがうまくコントロールできなければ、前方に転倒してしまうことが容易に想像できるだろう。これを防ぐために、我々は動作に先行して、姿勢をコントロールしている。これは、手や足の重さ分、体が前に偏位することを予測し、自ら姿勢コントロールを企画・実行することによって成り立っている。下記図は、足を一歩前に出す際の足圧中心(COP)と重心(COG)の変化を示した図である。下記図を見ると、足を一歩前に出す前、重心が前方に偏位していく前に足圧中心が支持側の後方に変化していることが見てとれる。


 このように、先行性の姿勢コントロールは、動作によっておこる重心の変化を予測し、事前に支持面を変化させ、安定化を図るものである。
 もう一つは随伴性の姿勢コントロールである。随伴性の姿勢コントロールは動作と同時に行われる予測的な姿勢コントロールである。これはどういったものか。例えば、ペットボトルをとるために前方に右手をリーチするとする。この場合、先行性の姿勢コントロールによって支持面を左後方へ変化させ、左側の安定化が図られる。しかし、これだけではペットボトルをとることは困難である。それは、右手が前方に伸びていくにしたがって、それを支える右側の肩甲帯や胸郭、体幹への負担も増加するためである。このコントロールが上手くいかなければ、右の体幹は屈曲してしまい、右手を前方にリーチすることは困難となる。このように、随伴性の姿勢コントロールは、運動によって生じる負担を事前に察知し、運動に合わせてコントロールしていくものになる。先行性の姿勢コントロールは主に支持側となる運動肢と反対側の姿勢コントロールを行っており、随伴性のコントロールは主に運動側の姿勢コントロールを行っていると言われている。
 これらの予測的な姿勢コントロールが、どのような神経路によって支配されているか研究されたものを下記に示す。この研究結果より、先行性の姿勢コントロールは主に皮質橋網様体脊髄路によってコントロールされており、随伴性の姿勢コントロールは主に皮質延髄網様体脊髄路によって支配されていることが明らかとなった。また、皮質橋網様体脊髄路は、脳と同側を下降し主に同側を支配していること、皮質延髄網様体脊髄路は、脳と反対側を下降し主に反対側を支配していることが明らかとなった。


 これを脳卒中片麻痺患者で考えてみる。非麻痺側の上肢や下肢を動かす場合、先行性の姿勢コントロールを行うのは支持側となる麻痺側である。この場合、姿勢や運動の企画を行う脳は、損傷されていない脳であるため、麻痺側の先行性の姿勢コントロールを行うための神経路は損傷されていないと思われる。慢性期脳卒中片麻痺患者の歩行可能なものと歩行困難なものを比較した研究で示されている通り、残存している皮質網様体路を活性化することが、歩行獲得に重要な要素の1つである。麻痺側の姿勢コントロールを行いながら、非麻痺側のリーチやステップ動作などの活動を行うことは、残存している皮質網様体路の活性化につながり、歩行再建に向けたアプローチとなることが考えられる。
 片麻痺患者の先行性の姿勢コントロールを調査した研究では、随意性が保たれている患者(この研究では足関節の背屈が可能なもの)においても反応時間の遅延が起こることが報告されている。


 そのため、脳卒中になる前と同じタイミングで動作を行うと、代償的な姿勢戦略となることが予測される。治療介入においては、先行性の姿勢コントロールに注目し、動作開始前からの姿勢コントロールの方法を再学習していく必要があると思われる。

以上、講義を行った内容の一部の紹介を行った。
ところどころ抜粋をしながらまとめたため、一部つながりがない部分もあるかもしれないが・・・。


本日はここまで。

続きはまた次回。。。